VOCALOIDの青いお兄さん中心に好き勝手に書き散らしてるブログ。オフライン情報がメイン。
作品はピクシブにて公開中。ジャンル雑多になりつつあります。
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13話
博士が退院してから三週間、マスターが俺のマスターになってから二週間が過ぎていた。
といっても、俺たちの生活や――関係がそんなに変化するわけじゃなかった。
俺の記録報告やメンテナンスといった、マスターの負担は多少増えたようだけれど。
俺自身はさして変わらず――いや、それなりに変わったものはある。が、自分でそれを把握できていない。
自覚してるのは、前に比べてマスターのことをよく見るようになったことだろうか。
俺たちVOCALOIDは、マスターの体調を管理することもある。マスターに何かあったら、こちらにも支障が出てくる場合があるからだ。
本登録を終え、本格的に俺のマスターとなったせいだろうと思っていた。
「そろそろ職探ししないとなぁ……」
食後のコーヒーをすすりながら、マスターが不意にぽつりと零す。
「――――え」
思いがけない言葉にぼんやりとマスターを見る。
「今、生活に充ててるやつあんまり使いたくないやつだからさ」
なんでもなさそうに呟いてマスターが席を立つ。
「どこか行かれるんですか?」
「部屋。とりあえず、探しつつ博士さんに提出するヤツ作らないと……」
本登録をした日、俺が病室で歌ったオケを持っていたマスターは他にも、と博士に言われていた。
俺のマスターになったということはそう遠くない未来、開発される量産型VOCALOIDの試用も兼ねているということだ。
そのためにはデータを集めなくてはいけない。VOCALOIDの行動や調整についても。
「ヘッドホンつけて作業してるから、用あったら声かけて」
そう俺に言い残すと、マスターはドアの向こうへ消えていった。
――――仕事。
そうだよな、普通は仕事しないと生活できないよな……。
今はきっと貯金か何かを……。
マスターが仕事を始めたら、今のようにずっと家にいるわけじゃない。
カップを片付けながら、ぼんやりと考える。
少なくとも昼間は確実にいなくなる。
「………………」
流れていく泡をしばらく眺めていた。
当たり前のことだ。最初のほうは、ずっと相手にしてもらえなかった。さすがにあれと同じようなことはないと思うけど……。
博士が多忙な時と同じようなものだ。ろくに話すこともままならな――くなったら、どうすればいいんだろうか。
「――ちょっと、待て……」
そこまで考えて、それを打ち破るように言葉を吐き出す。
博士と会えないときは仕方がないと思えていた。でも、マスターとそうなるのには少しの不安がある。
わけのわからない感情に――なんとなく予測はついている――深いため息を吐き出す。
しばしの逡巡の後、水を止めると俺はマスターの部屋へと向かった。
なるべく音を立てないように、ドアを開け中に入る。
密閉度が高いのか、ヘッドホンをつけながらPCと向き合ってるマスターは気付いたそぶりもない。
こうして、見ることも減ってしまう……。
気付いたときにはあのときの同じように体が動いていた。
「うっわっ!」
驚いたマスターの声がすぐ近くで聞こえる。
「おっまえなぁ、さっき用があるなら声かけろって……いきなりなに……」
少し怒ったようにヘッドホンを外しながら、振り向こうとするマスターをそのままきつく抱きしめる。
「……カイト?」
「貴方に、触れたいです」
「――――は?」
間の抜けた声に当然だろうと思う。いきなり何を言うんだと。
「布越しじゃなくて、貴方の肌に……」
「――……お前、それどういう意味か分かってるのか?」
ため息混じりのマスターの問いかけに、小さく首を動かす。
「お前、俺が好きなのか?」
訊いてくる声にからかいは一切含まれていない。
「――正確には、わかりません」
「……はい?」
途端に訝しがるような声音になるマスターに、慌てて先を続ける。
「でも、離れたくないんです。最初みたいに、ろくに話せない日が続くのはいやだ――」
だから――だから貴方に触れて、ぬくもりを覚えていたい。
じっとマスターを見つめる。マスターも視線を逸らすことなく、俺を見ている。
「…………いいよ」
長い沈黙の後、マスターがぽつりと言った。
「え、いいって……あの」
あっさりとした答えに、逆に俺が狼狽えてしまった。
そんな俺にマスターが小さく噴き出す。
「お前が言い出したのに、なんで驚いてるんだよ」
くつくつと笑いながら完全に俺に向き直ったマスターが、やんわりと肩にあった俺の手を下していく。
「あ……っの、マスター?」
「俺がお前にやれるものって、音か俺ぐらいしかなさそうだしな」
「――――同情ですか?」
そんなので了承してもらいたくない。ムッとして眉を寄せる俺に「違う」と静かな声が返ってきた。
「多分、お前と同じ。俺もきっとわかりかねてる」
珍しく気まずそうに言うマスターの頬にそっと触れる。
「ここまで自分の領域に誰かがいるの、初めてなんだよ。人と深い付き合いしようと思わなかったから……」
「俺は――ヒトじゃないですよ?」
「知ってる」
またくすくすとおかしそうにマスターが笑う。
「あ、のっ、マスター!」
なにかを言おうとした俺の言葉は、あっけなく喉の奥に引っ込むことになった。
マスターが体を預けるように俺にもたれかかってきたからだ。
「お前は俺に救われたって言ってたけど、俺もお前に救われたんだ」
「――――え?」
「音作るって、こんなに楽しかったんだな……」
誰に聞かせるでもなく自嘲気味に呟くマスターの背中にそっと手を回す。
「……貴方に触れても、いいですか?」
改めてマスターに訊ねると、小さな小さな了承が返ってきた。
その仕草が思っていたよりも可愛らしくて、知らず微笑みが零れた。
といっても、俺たちの生活や――関係がそんなに変化するわけじゃなかった。
俺の記録報告やメンテナンスといった、マスターの負担は多少増えたようだけれど。
俺自身はさして変わらず――いや、それなりに変わったものはある。が、自分でそれを把握できていない。
自覚してるのは、前に比べてマスターのことをよく見るようになったことだろうか。
俺たちVOCALOIDは、マスターの体調を管理することもある。マスターに何かあったら、こちらにも支障が出てくる場合があるからだ。
本登録を終え、本格的に俺のマスターとなったせいだろうと思っていた。
「そろそろ職探ししないとなぁ……」
食後のコーヒーをすすりながら、マスターが不意にぽつりと零す。
「――――え」
思いがけない言葉にぼんやりとマスターを見る。
「今、生活に充ててるやつあんまり使いたくないやつだからさ」
なんでもなさそうに呟いてマスターが席を立つ。
「どこか行かれるんですか?」
「部屋。とりあえず、探しつつ博士さんに提出するヤツ作らないと……」
本登録をした日、俺が病室で歌ったオケを持っていたマスターは他にも、と博士に言われていた。
俺のマスターになったということはそう遠くない未来、開発される量産型VOCALOIDの試用も兼ねているということだ。
そのためにはデータを集めなくてはいけない。VOCALOIDの行動や調整についても。
「ヘッドホンつけて作業してるから、用あったら声かけて」
そう俺に言い残すと、マスターはドアの向こうへ消えていった。
――――仕事。
そうだよな、普通は仕事しないと生活できないよな……。
今はきっと貯金か何かを……。
マスターが仕事を始めたら、今のようにずっと家にいるわけじゃない。
カップを片付けながら、ぼんやりと考える。
少なくとも昼間は確実にいなくなる。
「………………」
流れていく泡をしばらく眺めていた。
当たり前のことだ。最初のほうは、ずっと相手にしてもらえなかった。さすがにあれと同じようなことはないと思うけど……。
博士が多忙な時と同じようなものだ。ろくに話すこともままならな――くなったら、どうすればいいんだろうか。
「――ちょっと、待て……」
そこまで考えて、それを打ち破るように言葉を吐き出す。
博士と会えないときは仕方がないと思えていた。でも、マスターとそうなるのには少しの不安がある。
わけのわからない感情に――なんとなく予測はついている――深いため息を吐き出す。
しばしの逡巡の後、水を止めると俺はマスターの部屋へと向かった。
なるべく音を立てないように、ドアを開け中に入る。
密閉度が高いのか、ヘッドホンをつけながらPCと向き合ってるマスターは気付いたそぶりもない。
こうして、見ることも減ってしまう……。
気付いたときにはあのときの同じように体が動いていた。
「うっわっ!」
驚いたマスターの声がすぐ近くで聞こえる。
「おっまえなぁ、さっき用があるなら声かけろって……いきなりなに……」
少し怒ったようにヘッドホンを外しながら、振り向こうとするマスターをそのままきつく抱きしめる。
「……カイト?」
「貴方に、触れたいです」
「――――は?」
間の抜けた声に当然だろうと思う。いきなり何を言うんだと。
「布越しじゃなくて、貴方の肌に……」
「――……お前、それどういう意味か分かってるのか?」
ため息混じりのマスターの問いかけに、小さく首を動かす。
「お前、俺が好きなのか?」
訊いてくる声にからかいは一切含まれていない。
「――正確には、わかりません」
「……はい?」
途端に訝しがるような声音になるマスターに、慌てて先を続ける。
「でも、離れたくないんです。最初みたいに、ろくに話せない日が続くのはいやだ――」
だから――だから貴方に触れて、ぬくもりを覚えていたい。
じっとマスターを見つめる。マスターも視線を逸らすことなく、俺を見ている。
「…………いいよ」
長い沈黙の後、マスターがぽつりと言った。
「え、いいって……あの」
あっさりとした答えに、逆に俺が狼狽えてしまった。
そんな俺にマスターが小さく噴き出す。
「お前が言い出したのに、なんで驚いてるんだよ」
くつくつと笑いながら完全に俺に向き直ったマスターが、やんわりと肩にあった俺の手を下していく。
「あ……っの、マスター?」
「俺がお前にやれるものって、音か俺ぐらいしかなさそうだしな」
「――――同情ですか?」
そんなので了承してもらいたくない。ムッとして眉を寄せる俺に「違う」と静かな声が返ってきた。
「多分、お前と同じ。俺もきっとわかりかねてる」
珍しく気まずそうに言うマスターの頬にそっと触れる。
「ここまで自分の領域に誰かがいるの、初めてなんだよ。人と深い付き合いしようと思わなかったから……」
「俺は――ヒトじゃないですよ?」
「知ってる」
またくすくすとおかしそうにマスターが笑う。
「あ、のっ、マスター!」
なにかを言おうとした俺の言葉は、あっけなく喉の奥に引っ込むことになった。
マスターが体を預けるように俺にもたれかかってきたからだ。
「お前は俺に救われたって言ってたけど、俺もお前に救われたんだ」
「――――え?」
「音作るって、こんなに楽しかったんだな……」
誰に聞かせるでもなく自嘲気味に呟くマスターの背中にそっと手を回す。
「……貴方に触れても、いいですか?」
改めてマスターに訊ねると、小さな小さな了承が返ってきた。
その仕草が思っていたよりも可愛らしくて、知らず微笑みが零れた。
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