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VOCALOIDの青いお兄さん中心に好き勝手に書き散らしてるブログ。オフライン情報がメイン。 作品はピクシブにて公開中。ジャンル雑多になりつつあります。
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11話





「落ち着いた?」

 苦笑交じりの博士の声に俺は小さく頷いた。
 ――恥ずかしい話だが、一度溢れた涙をなかなか止めることができず、しばらく泣き続けていた。
 気を利かせてくれたのか、マスターはつい先ほど飲み物を買いに病室を出て行った。
 ようやく感情がコントロールできるようになり、なんとか涙を引っ込めることができた。

「すみません……」

 ず……と鼻を鳴らしながら博士を見ると、なんでもないことのように笑っている。

「感受性が豊かになったのかな」

 嬉しそうだけれど――どこか淋しそうな笑顔の意味が分からず、俺はまばたきをする。

「博士……?」
「ったく、いきなり泣き出すんだもんなー」

 心底呆れたようなレンの声音に返す言葉もなく、黙り込んでしまう。

「レン!」

 たしなめるような博士の声にも臆することなく、レンは俺に対する態度を変えない。

「レンのことは放っておいてね、カイト」

 黙ったことを落ち込んだと思ったのか、ふわふわと笑いながらリンが俺のそばに近づいてくる。

「助けてくれた先輩VOCALOIDがね、自分の思ってたのと違うって勝手に拗ねてるだけなのよ」
「!! 拗ねてねぇよ!」

 いたずらっぽい女の子の顔でこっそりというリンのセリフに、レンが慌てて否定を口にした。

「図星だからって怒るのよくないわよ」

 いつか博士が言っていた『女の子の方が強い』というのを目の当たりにして、つい笑ってしまった。
 その小さな笑いはレンのプライドを傷つけたようで、軽く睨まれる。

「レーン、リーン」

 ベッドの上から静かな――けれど、迫力のある声が二人の名前を呼ぶ。
 途端、二人の体がぴくりと硬直する。

「ここはどこだったか覚えてる?」
「……病院」

 厳しい声にレンがぽつりと返す。

「病院では?」
「……騒がないこと」

 俺にしがみつきながらリンが博士の後を続ける。
 二人の答えを聞いた博士は、

「わかってるなら、ね?」

 そう、先ほどとは打って変わった優しい声で笑いかけた。
 そのとき、俺の中でなにかがすとん、と落ちてきたような気がした。
 淋しさにも似た、なにかが。
 
「カイト……?」

 ぼんやりとした俺の袖を引っ張るリンにはっとする。

「……どこか具合でも悪いの?」

 水色の瞳を不安げに揺らしながら訊いてくるリンに首を振る。

「大丈夫だよ。ただ、少し考え事してた」
「――本当に、どこも異常はない?」

 重ねて聞いてきたのはリンではなく博士だった。

「ええ。大丈夫ですよ?」

 どうして博士がそんなことを聞いてくるのだろうと思ったが、次に博士が言った言葉に、ああ、と納得をした。

「よかった。もう大分長い間、メンテナンスしてないから」

 そういえばそうだ。博士とこうして会うのは3~4か月ぶりぐらいだ。
 でも――――。

「メンテナンスというか、簡単なチェックみたいなものは一度受けました」
「受けたって誰から?」
「初城さんからです」

 マスターのところに残ると決まった後、初城さんが簡単なチェックはしてくれたのだ。
 そこでどこにも破損や異常はないことが確認された。

「ということは――メイコとミクにもいたんだよね? 元気にしてた?」
「はい。ミクもメイコも研究所にいたときと変わらずでした」

 元気で可愛らしいミク。自信にあふれていたメイコ。
 二人と再会した時のことを思いだす。
 ミクに誘われて歌えなかったことを言おうか、一瞬だけ悩む。
 
「二人になにか困ったことでもされたの?」

 研究所にいたときのことを思い出しながら、博士が苦笑交じりに訊いてくる。
 この顔をまた曇らせてしまうかもしれない。でも、多分、言ったほうがいいんだろう。――逃げないために。

「ミクに一緒に歌おうって誘われたんです」
 
 俺の言葉に「ああ」と博士が頷く。

「あの子は、皆で歌うのが好きだからね」

 研究所にいたころもあまり気乗りのしないメイコを引っ張ってきては、三人でよく歌っていた。
 それを思浮かべているのか博士の顔はとても嬉しそうだった。

「久しぶりにミクと歌って、どうだった?」

 優しいその問いに、俺は微苦笑を浮かべながら少しだけ首を傾げた。

「カイト?」
 
 俺の態度を不思議に思った博士の声音に困惑の色が宿る。

「――俺、歌えなかったんです」

 それまで静かに聞いていたリンとレンも、俺のその言葉にこちらを見た。

「え、歌えなかったって……カイト?」
 
 深刻な顔をする博士を、今度は微笑みを浮かべて真っ直ぐに見つめる。

「今は、歌えるようになりました」

 リンとレンどちらからか、ほっと息を吐く音が聞こえた。
 VOCALOIDにとって歌えないというのは、存在している意味がないのと同じことだ。
 あの時の俺は、自分が存在していいのかどうか、ずっと自信がなかった。
 命令に背いて博士から逃げたことで、もう誰にも必要とされてないのだと思っていた。
 
「歌えるって、どうやって……」
「それは……」

 俺が続きを話そうとしたとき、病室のドアがノックされた。きっとマスターが帰ってきたのだ。
 数秒後にドアが開かれ、思った通りビニール袋を持ったマスターが立っていた。

「遅くなってすみません。下の売店まで行ってたんで……」

 言いながら袋をあさり始める。

「あの、制限とかは……」
「特にはされてないかな」
「よかった」

 博士にお茶を渡すと、今度はリンへと向き直った。

「リンとレン、だっけ?」
「うん!」
「ジュースでよかったか?」

 紙パックのジュースをリンに差し出すと、ぱぁと彼女の顔が明るくなる。

「フルーツ・オレ! あたしこれ大好きっ。ありがとう!」
「どういたしまして」

 きらきらと瞳を輝かせながら礼を言うリンにマスターは笑って返事をする。

「レンは?」
「……そんなガキみたいな飲み物いらない」
「……レンだって好きなくせに」
「リンっ!」

 マスターを警戒しているのかそっぽを向きながら断るレンのそばで、ぽそりとリン。

「――俺、これ飲めないからよかったらどうぞ」

 笑いをかみ殺しながら、マスターがレンの前にジュースを置く。
 「……どうも」とぶっきらぼうに呟くレンに「どういたしまして」と返すマスターの口角が、かすかに上がっていた。

「あと、水と茶しかないけど、お前どっち飲む?」

 袋の中身を見せるように広げながら、マスターが訊いてくる。

「どちらでも大丈夫です」
「じゃあ、水な」

 ほい、とペットボトルを渡され、それに口をつける。
 一通りのやりとりを終え、落ち着いたところで博士が口を開いた。

「カイト、さっきの……」
「はい」
「歌えなかった、でいいのかな? それってどういう意味?」

 慎重に言葉を選ぶ博士に、そのままの意味でした、と返す。

「自分が存在していいのかわからなくて、それで歌おうとしても声が出なくなって……」

 存在している意味がないのなら、存在意義なんていらない。そう思っていたのかもしれない。
 でも、実際は歌えないことがショックで、本当にいらないものになるのが怖かった。
 そんなとき、マスターが――この人が『歌わせてやる』と言ってくれた。
 半分、そんなことが出来るのかと思っていた節もある。けれど、実際は期待していた。
 歌わせてくれるのだと。自分の存在を必要としてくれるのだと、そう無意識に縋ったのだろう。
 初めのほうは仕事の忙しさから放っておかれたけど、時間を作ってくれてからのマスターは違った。
 必死で、曲を――詞を作ってくれた。
 その姿をずっと見ていた。だから、歌えたのかもしれない。歌えるのか、という不安よりも歌いたいという気持ちのほうが強かったから。

「俺が歌えるようになったのは、マスターのお陰なんです。マスターが歌わせてやるって言ってくれたから……」
「――――違う」

 博士に説明している横でじっと聞いていたマスターが、絞り出すように呟いた。

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